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名古屋高等裁判所 昭和36年(ラ)189号 決定

抗告人 有限会社成瀬電波

訴訟代理人 井出正敏 外一名

相手方 水野金一 外一名

主文

原決定中相手方有限会社八神製作所に対する部分を取消す。

相手方有限会社八神製作所の抗告人に対する金四八万円の約束手形請求事件を東京地方裁判所に移送する。

相手方水野金一に対する本件抗告を棄却する。

理由

抗告人の抗告の趣旨及び理由は別紙の通りである。

民事訴訟法第二一条に規定する一の訴を以て数個の請求を為す場合には、訴の客観的併合ばかりでなく、其の主観的併合をも含むものと解する。(大審昭和六年(ク)第一一七四号、同年九月二五日第五民事部決定、大審院民事判例集第一〇巻八四三頁)、民事訴訟法第五九条による共同訴訟は当該共同訴訟人の数に照応する数箇の請求が一の訴を以て為さるる場合にあたることがあるからである。これを手形債務についていうと、原告甲が同一の手形(イ)上の債務関係に立てる被告丙及び丁を共同被告とする場合原告甲は被告丁に対する請求について第二一条所掲の各条文により管轄権を有する裁判所に被告丙に対する請求について同第二一条所掲の各条文により管轄権を有しなくても一の訴を以て其の訴を提起することができる。併し原告乙が(イ)と別箇の手形(ロ)について被告丙について訴求する際、前記(イ)の手形訴訟の訴状に記載しても裁判所は(イ)と(ロ)との両手形金請求が同法第二一条に規定する一の訴を以て数箇の請求を為す場合となして(ロ)の手形金請求について訴の提起を認めることはできない。何故ならば原告甲乙間に何等の牽連関係なく、(イ)と(ロ)の手形は全く別箇のものであるからである。若し(ロ)の手形金請求についても(イ)の手形金請求について前記管轄権を有する裁判所に訴を提起することを許すとすると、原告乙は同甲の(イ)の手形金請求に便乗して管轄の規定適用を免れ、被告丙は原告乙に対し適法に有する管轄の規定の適用を受くる利益を奪われ著しく被告の利益を侵害すること明かであるからである。本件では、相手方水野金一が被告株式会社千葉電機製作所、同梅田鍵次郎及び抗告人に対し金二〇万円の約束手形金を訴求し、右被告等の中抗告人及び千葉電機製作所の各住所は東京都にあり、梅田鍵次郎の住所は名古屋市にある点、相手方有限会社八神製作所は抗告人に対し金四八万円の約束手形金を請求した点、右両手形ともその支払地東京都千代田区、支払場所株式会社富士銀行支店であつて、相手方両名が一の訴で両手形金の請求をした点及び原裁判所が抗告人主張の通り移送申立却下の決定をなした点は、いづれも本件記録に照らして明かである。従つて前説示により金二〇万円の約束手形金の訴について抗告人を含む被告等に対し原裁判所が管轄権を有することは明かであるが、金四八万円の約束手形金請求の訴については、民事訴訟法第二一条により金二〇万円の手形金請求について管轄権を有する原裁判所に其の訴を提起することを認むべきでない。故に原決定は相手方水野金一の提起した金二〇万円の約束手形の請求の訴の提起を認めたのは相当であるから、この点に関する抗告は理由がないとしてこれを棄却し、民事訴訟法第四一四条、第三八四条を適用し、相手方有限会社八神製作所の提起した金四八万円の約束手形金請求についてその管轄地である東京地方裁判所に移送しないで移送申立を却下したのは失当であるから、此の点に関する抗告は理由がある。

よつて原決定の一部を取消し、民事訴訟法第四一四条、第三九〇条を準用して主文のとおり決定する。

(裁判長判事 県宏 判事 越川純吉 判事 奥村義雄)

抗告の趣旨及び理由

原決定を取消す。

相手方等の抗告人に対する名古屋地方裁判所昭和三六年(ワ)第一六〇八号約束手形金請求事件は、これを東京地方裁判所に移送する。

との決定を求める。

原決定は、民事訴訟法第二一条は客観的併合の場合だけでなく、主観的併合の場合をも含むものとしているが、これは同法条の趣旨を逸脱する解釈であつて、不当である。

元来、民事訴訟法第二一条の存する所以は、一の請求について管轄がある以上被告はどうせその裁判所において応訴しなければならないわけであるから他の請求について管轄を認めても甚しくその被告の迷惑にはならず、むしろその被告にとつても別訴で他の管轄裁判所に訴えられるより却つて好都合なのが普通であるということにある。従つて同条は被告が同一の場合に限つて適用があるにすぎないものというべきである。民事訴訟法に各種の管轄の定めがあるのは、何人も自身又は自分に対する請求と密接な関係のある地の裁判所においてでなければその意に反して訴えられることはないことを明確に保障するためであるにかかわらず、たまたま他に相被告があるからとて無関係な地或は意想外な地の裁判所に訴えられることになつては右の保障は奪われ、全く原告の便宜のみを強調し被告の管轄の利益を無視することになり、甚しく不当な結果を招来することになる。従つて、民事訴訟法第二一条は客観的併合の場合のみ適用があり、本件の如く主観的併合の場合には適用がないものというべく、原決定は同条の解釈を誤つた違法のものであり、何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪われないとする憲法第三一条の趣旨に反するものである。

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